自分の可能性の見つけ方

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自分には何が出来るのか、今後自分はどのような道を進み、成長していけるのか。こういったことを何かと「説明せよ」と言われる機会は多いけれど、それって一体どうやったら分かるようになるのだろう。

自分の可能性や能力、今後の選択肢について考えるとき、私は自然と過去の経験について考える。過去を振り返り、成功したことは「出来ること」、失敗したことや、やったことのないことは「出来ないこと」と考える。

確かに、「今ここであなたがすぐに出来る事を教えて下さい」と言われたときは、そうやって答えを見つけるのが正解なのかもしれない。

でもそうでなくて、「されこれから、自分は何をしようか」と自由に自分の将来について考えるとき、この方法は果たして本当に正しいのだろうか。

この方法には大きな落とし穴がある。経験した事がないことや、失敗したからもうやめてしまった事について、自分にどれだけの可能性があるのか全く検証できない点だ。「今は」「まだ」出来ないことや、「やったことすらないこと」について、あなたにどんな可能性が潜んでいるのかを判断するための根拠となるデータがそこには一つもない。「やってみたら出来るかもしれない」という可能性については、何も教えてくれない。

だからこの方法だけで自分の可能性を測ろうとすると、過去の自分にいつまでも縛られてしまうのだ。過去の自分が経験したことと、今の自分が知っていることの範囲から、いつまでも飛び立てない。

多かれ少なかれ今との変化を求めて将来について考えているはずなのに、過去の経験だけに基いてそれを考えようとしたって、きっと自分を心から満足させられる答えには辿り着けないだろう。過去に答えがある場合もたしかにあるかもしれないが、まだ見ぬ何かがあなたに気付かれるのを待っていたとしても、これまで経験したことがないだけで実はあなたがとても夢中になれるものがどこかにあったとしても、後ろを向きながら将来を考えている限り、その可能性にはきっと気付けない。

今の私ができることだって、初めは出来なかったことばかりだ。英語は話せなかったし、サックスも吹けなかった。これらを始めた頃と今、何が違うかというと、始めた当時はまだ10代と幼く、周りに誰も「そんなのやっても無駄だからやめなさい」とか「今から始めたって遅いだろう」と私に言う人がいなかっただけだ。そして何より当時は自分自身に、「今からやっても遅い」「経験がないから無理」という発想がまずなかった。

大人になった今、過去にやったことのないことや失敗したことをこれから始めようとしても、誰かに止められるか、自分自身が止めてしまうかもしれない。でもそれでは、過去の自分が見てきた景色しか、今後も見られないのではないだろうか。

やったことのないことはできないこと、とほぼ自動的に分類してしまっていたけれど、そのやり方をもう一度忘れてみようと思う。経験のないことや、今の自分がまだ知らないことが、この世界には絶対にまだまだ沢山あるはずだ。そして私自身の可能性だって、これまで生きてきた二十数年で全て開拓できたわけではないだろう。自分はこんなものだと思うのをやめてみて、もっと広い世界に目を向けて、自分が知らないことを知りに行くことから始めてみたい。

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