「おいしいね」は広がっていく
– 世界に愛を増やすために、
今すぐ出来る小さなこと

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私はもう覚えていないけど、母親に聞いた話によると、幼い頃に弟が何かを初めて食べるとき、口に入れた瞬間に弟が顔を歪めたら、そこですかさず母と私も同じものを食べなから「美味しいね〜」と笑顔で弟に話しかけていたらしい。

そうすると弟もつられて笑顔になって、結果その食べ物を嫌いにならずに、美味しく食べていたのだとか。

最近ふとこの話を思い出して、大人になった今でも、この作戦って使えるんじゃないかなと思ったのだ。

とは言っても他人の食べ物の好き嫌いをなくすことに興味があるわけではない。大人の食べ物の好みを変えるなんて今更難しそうだし。そうではなくて、食べ物でなく「人」について、この作戦が使えるんじゃないかと思うのだ。

人は人に対しても、食わず嫌いをしてしまう。第一印象やイメージだけで、相手に対する自分の感情や、対応の仕方までをも決めてしまうのだ。

「なんだか冷たそう」「近寄りがたい」「怖そうだなあ」「話が合わなさそうだなあ」

初めにそんな印象を持ってしまったせいで仲良くなる機会を失ったままという人間関係って、少なくない気がするのだ。

でもそうやって食わず嫌いをしているとき、自分の信頼している人に「あいつはああ見えて心優しい奴で」だとか、「第一印象はこうなんだけど、実はこんなところがあって」「あの子がそっけないのは人見知りだからだよ」なんて話を聞かされると、「ああ、そうなんだ」「それなら仲良くなれるかもなあ」と、思えることがある。

私は普段、「第一印象で人のことを判断したりしません!」なんて顔をしているけれど、やっぱり苦手な人のタイプや、あまり近付きたくないと思ってしまう人の傾向はあるようで、人との間に壁を作ってしまうことがあるみたいだ。本当はそんなことしたくないのに。

それに気付いたのも、私が信頼している人が他の誰かについて話しているのを聞いたときだった。

「りさはあまり話したことないかもしれないけど、実はこないだあの人とこんな話をして、すごく面白かったよ」「意外と気が合うと思うよ」

そんな風に言われて初めて、「ああそういえばあの人のこと、いつの間にか近寄りがたいと思っていたな…」「もしかしたら仲良くなれたかもしれないのに、勿体無いことしていたな」と気付くのだ。

「あの人心の大きな良い人だよね」「ちょっとこういうとこあるけど、それも可愛いよね」「憎めないよね」

そんな話を聞いているうちに、自分はまだよく知らないはずのその人のことが、「食わず嫌い」ゾーンから「好きな人」ゾーンへと移動していくのだ。いつの間にか、一緒になってその人の良いところを話したくなっている自分がいるのだ。


漠然と、「色んな人が幸せに、自分らしく生きられる世界になったらいいなあ」と思っているけれど、それを実現するってすごく難しいことのような気がしてしまう。

でももしかしたら、すごくすごく小さなことから始められるのかもしれない。

「あの人ね、こんないいところがあるんだよ」

さりげなく、ほんの少しだけでもいいから、自分がそんな言葉を話すようになれば、自分には見えないどこかで人と人の間の壁が崩れていくかもしれない。そのきっかけをほんのわずかにでも作ることができるかもしれないのだ。

誰かが笑っているとつられて笑顔になってしまうように、みんなが楽しそうな空間にいるとなんだか自分まで楽しくなってしまうように、誰かのことを受け入れたり、認めたり、良いところを見つけたり、好きになったり、そんなことも人は「つられて」できてしまうのかもしれない。

そんな小さなことなら、今日から少しずつ始められる。

陰口やゴシップを話す人たちがいるならば、その分自分は、人の良いところを話す人になろうと思う。目には見えないし、確信なんて持てないけれど、それでもいつかどこかで人知れず壁が崩れるかもしれないから。たとえ小さくても、そのきっかけを作り続けていたい。

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