私がブログを始めた11の理由

カテゴリー Uncategorized

気付けば2018年の終わりはもうすぐそこ。このブログをSNSを通じて正式に発表したのは8月でしたが、人知れず最初の投稿をしたのは6月。実はもう半年近くこのブログを続けていることになります。いつも読んで下さっている方、たまにタイミングが合ったときだけ開いてみて下さる方、今日たまたま初めてクリックしたよという方。本当に、ありがとうございます。あなたのおかげで、こうして続けられているし、これからも続けることが出来そうです。

中には、「一体なんでりさは最近ブログに夢中になっているんだろう?」と思っている人もいるかもしれません。

そういえば始めたばかりの頃には「ブログをやっている」という事実がどうしても照れくさくて、始めた理由をきちんと説明していませんでした。でも無事に(ほぼ)半年続けられたことだし、これを機に赤裸々に語ってみようと思います。どうぞお付き合い下さい!


1. 地味な毎日に退屈したから

自分の生活に特別不満があるわけではないけれど、会社員の日常って、工夫しないとワンパターンに陥りがちです。そして産業機械ばかりを扱っている今の私の仕事は、もちろんやりがいはとってもありますが、いわゆるクリエイティブな要素はあまりなく、どちらかと言うと地味な世界です。家と、会社と、たまに遊びに出かけて、その繰り返し…色々なことに慣れて余裕が出てきたからこそ、新しい刺激が欲しくなりました。

そこで何か自分がわくわくできるようなことはないかなと辺りを見渡したとき、このご時世にインターネット、ホームページ、デザインなど、とにかくWebのことを何も知らない自分に気付き、このままで良いとはなんとなく思えなくなったのです。

2. 自分をクリエイティブな形で発信できる場所が欲しかった

今の時代、芸能人でなくても発信力を持っている人は沢山います。私はそういった人たちが羨ましかった。それは何も 有名になりたいからではなくて、そういった人たちが自身の魅力で色んな人を引き付けた結果、自分の面白そうと思ったアイデアや 挑戦したいことを、次々と形にできる可能性を手にしているから。

3. 私という人間を表す「名刺」、あるいは「ポートフォリオ」になるものが欲しかった

私が何かに挑戦したくなったとき、誰かの応援や協力がきっと必要になります。あるいは他の誰かが面白そうな何かに取り組んでいるのを見て、自分も力になりたいと思うこともあるでしょう。そして場合によっては、その何かを実現するために、誰かを説得することも必要になるかもしれません。そんなとき、「私が一体何者で、何が出来る人なのか」、それを一目見て分かって貰える何かが欲しかった。勤めている会社での役割やポジションでは語りきれない、私「全体」を表す名刺か、ポートフォリオのようなもの。

4. Instagramはなんか照れる

そんな風に自分を表現するツールとして、Instagramを上手に使っている人は沢山います。とっても素敵だと思うし、見るのは私も大好きです。でも、いざ自分がやるとなると、まず見た目に自信がないから自分の写真は載せたくありませんでした。かといって、旅先で撮った写真を投稿するにも、料理や小物を組み合わせてフラットレイを作るにも、どうしても私につきまとった気持ち…「いや、私はおしゃれな人間じゃないのに、なんか違う気がする」。そう、単純に自分の日常を載せていくだけなら楽しいけど、「いずれ自分のポートフォリオとして誰かに見せて説得力のあるものにしたい」という目的を持って使うには、私には難しかったし、色々照れくさすぎました。ビジュアルやデザインで人を引き付けられるセンスのある人、本当に尊敬します!

5. 自分にとって自然で、比較的得意なやり方で表現したかった

Instagramは何か違うなと思った理由は、自分自身を表すものを作ろうとしているのに、ものすごく背伸びしなければいけない気がしたから。もっと私にも自然に出来そうな形で、発信する方法はないか…そう考えたときに思いついたのが、「言葉」でした。作文で賞を取ったこともなければ、特別沢山の本を読んでいるわけもはない。でも、頭の中にある考え、心の中にある気持ちを、できるだけズレのないように、一つずつ慎重に大切に言葉にしていくこと。これは、ずっと好きでした。そして言葉を発信する方法といえば、思い当たったのが「Twitter」か「ブログ」でした。

6. Twitterでは色々足りなかった

日頃なんとなくやっているTwitterですが、これには140字という字数制限があります。その制限の中でいかに表現するかという面白さもあるけれど、制限に対応するために言葉を省略していくことによって、どうしてもニュアンスが変わってしまう。「私が本当に言いたいこと」と、「Twitter上で誰かが反応してくれそうな書き方でまとめたこと」との間には、小さいようで、大きな大きな隔たりがあるような気がしてきたのです。

そして、Twitterで呟いた言葉は、私のものでもあるけど、Twitterのものにもなる。そしていとも簡単に、他の誰かのものにもされてしまいます。そしていつかTwitterがmixiやMyspaceのように廃れてしまったら、そこで築いた何かも、ただの思い出話になってしまうかもしれません。だから、「自分のもの」にしたかった。

わたしがよくあるフリーのブログではなく、わざわざドメイン名を取得し、有料レンタルサーバーを借りて、この「Like a Tiny Flower」を作ったのは、堂々と胸を張って「自分のものです」と言えるものにしたかったからです。

7. 言葉に集約しないと頭の中を整理できない やっかいな自分の性格を、好きになりたかった

私はなんだかんだ、考えすぎる人です。人に言われたことは、良いことも悪いことも、自分の中でしっかり噛み砕いて消化するまで 忘れられない。何かやってみたいことがあっても、決めなければならないことがあっても、まず、考えたい。考える前に反射神経的に動くことに抵抗を感じてしまうのです。

周りを見渡せば、自分以外の人はもっと軽やかで、肩ひじ張らずに自然体で、かっこいいな素敵だなと思うことがよくあります。なんで自分はこんなに頭でっかちなんだろう、というのがいつも引っかかって、こんな自分の性格が嫌いでした。

でも、見方を変えればこの性格だって、一つ一つ慎重に考え、物事や人をまっすぐ見つめて、きちんと理解しようとしている とも言えます。頭から離れないことがあると、時には心の中で、時には紙に書いて、時にはSNS上で、言葉にまとめることで頭の中を整理し、消化していました。そうしてまとめた言葉をたまたま誰かに伝えたとき、共感してもらえることや、その人が何か発見をしたとか、すっきりしたと言ってくれることがあったから、ひょっとするとこれは嫌いになるべき性格ではなくて、どうにかして活かせるものなのではないか、とぼんやり考えるようになったのです。

8. 自分の英語力を証明できる手段が欲しかった

英語が出来る、と一口に言っても、本当に色んなレベルの人がいます。私は日本生まれ日本育ちで、海外旅行の経験もなく、外国人の友達も一人もいないまま高校卒業までを過ごしました。それにも関わらず、初めて英語に触れた頃から漠然と、「大人になったら英語を使って仕事がしたい」と思っていました。(ちなみに、私の両親はとことん本人の関心や目標を尊重してくれる人たちだったので、本人が真剣に考えている限りは、一言も「将来のためにこれを勉強しなさい」「将来はこうなりなさい」と言われたことはありません。)

でも、英語を使って活躍するチャンスを得たくても、TOEICの点数だけでは「英語ができる」ことの証明にならないと気付いたんです。それを知らずに、今まで何度か撃沈したことがあります。例えば、ある訪日観光客向けWebサイトの翻訳の募集を見つけたときや、好きな海外のYouTuberが動画の翻訳を任せる人を求めていたときなど、せっかく色んな面白そうなことを見つけても、翻訳の実務経験や長い海外居住経験のない私が、「できます、やらせて下さい」と言ったってあまりにも説得力がありませんでした。

今、こうして2言語でブログを書くことで、私の現状の英語レベルをさらけ出しています。もうごまかすことも、かっこつけることも出来ません。でもだからこそ、言い訳一つなく証明できる手段になるとも思っています。今は粗も間違いもあるかもしれないけれど、そこから勉強して、この先は良くなっていくのみ。日本語と英語の違いや、読み手への伝わり方など、一つ一つ細部に配慮しながらコンスタントに文章を書き続けることは、予想していた以上に良い勉強になっています。

9. 「英語を使って何をしたいの?」よくあるこの質問に対する答えを見つけたかった

我ながら英語に関しては頑張っているし、多少なりとも人の役にも立っていると思うけど、それでも今まで何度となく言われました。

「英語だけができても、役には立たない」「英語はただの道具でしょう?英語を使って、じゃあ何がしたいの?」

言う人に悪気がないことは分かっているんですが、悔しいんです。こう言われるの。しかも何が悔しいって、正直まだ具体的に反論できる答えを持っていないことです。でも、このブログを通して今までとは違うやり方で英語に接することで、自分のやりたいことや自分に出来そうなことを見つける手がかりになるかも、と思っています。

これまでやってきたのは基本的に、誰かが書いた文章を別の言語に訳すことでした。2言語でブログを書くということは、これと似ているようで大きく異なります。自ら発信する内容を考え、日本語で文章を組み立てる。英語でもまた、文章を組み立てる。日本語を英語に直すというより、英語で文章を書くときも日本語を書くときと同じように、心の中にあるぼんやりとしたものを文字にアウトプットしていく感覚です。これを通して、何か過去の自分には見えなかったものが見つかる気がしています。

よくある耳の痛い質問たちに反撃できなくたって私は英語を好きなままだけど、私自身も気になるし、答えを見つけてみたい。

10. 褒めてくれる人がいたから、その気になってしまった

私の書いた文章を褒めてくれる人がたまにいたから、「もしかしたら私、文章書くの、得意かも」なんてその気になってしまいました。忘れられないのは、私が前職で店舗異動をすることになったとき、感謝の気持ちを込めて店舗スタッフの方全員に手紙を書いたら(本当にお世話になったんです)、一人の先輩が「手紙に書いてくれていたことが嬉しすぎて、親にまで見せた!」と笑いながら言ってくれたこと。

また、あるミュージシャンの友人がライブのフライヤーに載せる自己紹介文に悩んでいたとき。恐らく誰にとっても自分のことを文章にするのは難しいことですが、彼女の友人であり大ファンだった私にとってはなんだか簡単で、その場で紹介文を書いてしまいました。私が思った以上に喜んでそのまま使ってくれて、すごく嬉しかったです。良い思い出。

他にも、SNSに書いた言葉を「不思議と目に留まる」「なんだか心にすっと入ってくる」と言ってくれた人たちがいたこと。大学に入りたての頃、英作文の授業で、ちょっと厳しいネイティブの先生に「あなたは一貫性のある文章を書く力がある」と不意打ちで褒められたこと。全部忘れられずに、つい本気にしてしまいました!

11. 日英2カ国語で得た情報やヒントを、自分みたいな人に教えたくなった

例えば誰かが英語で言っていた言葉にすごく励まされたとき。私と同じようなことで落ち込んでいる人が日本にいたら、その言葉をぜひ知ってほしいし、私なら伝えられるかもなあ、と思ったことがありました。逆もまた然り。英語をやっていると「欧米ばかり称賛して日本のことは嫌いな人」と勘違いされることもありますが、決してそうではないです。日本語で知った素敵な何か、日本にいるからこそ知ることができた何かを、他の国の人に伝えて役に立てることもあるかもしれないし、それが出来る人でありたい、そう思っています。


こんな風に沢山の色々な出来事や考えが積み重なり混ざり合って、このブログが生まれました。そして実際にやってみて、どうだったか?

「やってよかった!」

一言で言えばとにかく良かったです。なぜか?具体的にどんな良いことがあったのか?懲りずに更新してるけど、実際のところ読んでる人いるの?頑張って意味あるの?それってお金になるの?

…などについて、ちょっとした報告的なことも、近々やってみようかなと思っています!もし、質問がある方がいれば、コメントなり、個人的に連絡なりして頂けると嬉しいです。

 

11+

私がブログを始めた11の理由」に2件のコメントがあります

    1. 吉積さんありがとうございます!
      2019年は見た目にもこだわっていきたいと思っているので、デザインや編集の仕方についてもゆっくり勉強するつもりです…!
      これからもよろしくお願いします😊

      0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください